縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2013年5月22日

五月二十二日
さいわいにも、戦争を知らず戦場に赴いたことのない人たちには、いま声をあげて読んでほしい詩集がある。とくに安部総理ほか、政治家諸氏に。

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もし私が蛇に生まれていたら
或いは私が限りなく青大将に近い人間であったなら
私は決して中国大陸へ向かう
輸送船になど乗らなかった
だって私は村の小川で泳ぐのは好きだけど
海を越えてよその国へ押し掛けるなんて
大それた気持ちには
一度としてなったことがないもの
井上俊夫「もし私が蛇に生まれていたら」から

五年前になくなった井上俊夫(1922―2008〕は、詩人でエッセイストである。1957年詩集「野にかかる虹」第七回H氏賞を受賞した。日本現代詩人会、日本の詩集2006で先達詩人として顕彰されている。
井上俊夫は、昭和17年に大阪の連隊に満20歳の現役兵として入隊、中支那の前線部隊に送り込まれ、4年間戦った。
詩集のほか、著作に、初めて人を殺す老日本兵の戦争論 2005(岩波現代文庫)

没後、なお、ネット上に彼の遺言とでもいうべきウエブサイト「浪速の詩人工房」(かもがわ出版)が墓碑のように残されている。
詩人は、サイトの冒頭で、いまも呼びかけている。
日中戦争(アジア、太平洋戦争)に従軍体験を持つ男のホームページ。
かの戦争とはなんだったのか。―と、詩とエッセーでもって問い続ける!)

「うわ、おう、うわおう、うらら!」
井上はこの詩を、ときに講演で朗読した。若者たちが従軍体験者の話に、激しく反発するのに、いらだっていたからだ。

この詩集は、戦場を知らない世代への、元日本軍兵士の遺書であり、世代を越えて、ぼくらが相続すべき財産である。そして後世に引き継ぐ責任がある。
これまであまり語られることのなかった中国大陸における日本軍兵士の過酷な実相が、詩人井上俊夫によって、切々と歌い上げられている

ぜひ、この人の詩集をネット上でひもといてほしい。
今生きている日本人のほとんどは、あの戦争を知らず,戦場に赴いた体験がない。本土決戦のための陣地構築には駆り出されたが、ぼくも戦場に立った経験はない。空腹で栄養失調の中学生であっても、15歳になれば、「国民義勇戦闘隊」に組み込まれるはずだったのだが。

投稿者 nansai : 14:13

2013年5月14日

五月十四日
竹槍と圧力がまと、大義の関係。

ぶっそう極まりない世の中になった。
大量殺人可能な武器を、ネットからの作り方を頼りに個人が自作できる時代がきている。ボストンマラソン爆弾事件で使用された爆弾は、どこでも販売されている家庭用圧力がまを利用して、ネットにのっている作り方に従って自作された。
最近もっとも警戒されているのは、話題の3Dプリンターだ。ネットから設計資料をダウンロードすれば、

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精巧な銃が自作できる、とテレビの海外ニュースでみた。(太平洋戦争末期の日本で、国体護持を大義としてかかげ、本土上陸に備えて、土壇場の大本営が白兵戦闘兵器のひとつにあげたのは、なんと竹槍だった。物資が不足しても、自作可能だ。)

そのような自作の爆弾・銃を、だれが、どのような理由で、大量殺人に用いるのか。
社会から落ちこぼれた精神不安定な偏執狂か、それとも、民族、部族、宗教宗派の紛争を死によって解決しようとする大義に殉じる若者たちか。民族や宗教がからむと、それぞれの大義が存在する。日本でも、昭和前期、満州事変以降、戦った「大義」を正当化しようとする動きが、にわかに与党自民党内で活発になっている。

二人の若者が、ボストンマラソンのゴール前で声援する見物客をねらって圧力釜利用の爆発物をしかけ、大惨事を引き起こした。幼児をふくむ死者三人、負傷者二百人。
全米を震撼させたテロ事件は、監視カメラ網が、雑踏のなかの犯人たちの姿をはっきりととらえていて、リストから意外に早く身元が割れた。
容疑者の若者は、チェチェンからの移民の兄弟で、数日後に、26歳の兄は射殺され19歳の弟は逮捕された。
当初の爆破計画は、七月の独立記念日に決行する予定だったらしい。おそろしいことに、殺傷力の強い圧力釜爆弾は、教わらなくてもネットの手引きで独学でつくれた。予想より意外に早く完成したので、四月のボストンマラソンで爆発させたらしい。
最初は、頻発する銃乱射事件のように、無差別に銃や刃物で、だれでもいいから殺したかった的な動機ともいえない衝動による犯行かと思った。

ボストンのばあいは、生き残った弟のしらべがすすむと、やはり、根底には民族のあいだの憎しみに絡む複雑な事情があるようだ。動機が、若い容疑者兄弟の民族の生い立ちに起因すると問題の根は深い。スターリン時代から、ロシアからチェチェン人が受けた差別弾圧は筆舌に尽くしがたいほどであった。

アメリカ社会にとけこんだとみられていたが、いつのまにか兄弟は洗脳されて「大義」にめざめ、イスラム教に改宗していたという。兄は南ロシアに旅行し、過激派の訓練をうけていたのではないかと疑われている。

チェチェンからアメリカに移住した兄弟は、素質に恵まれていながらも、社会になじめなかったとみられる。どこから、自身のルーツのチェチェンのロシアへの抗争の歴史を学んだのだろう。おそらくネットによる過激なイスラム布教活動に洗脳されたのか。では、標的がなぜロシアでなくて、アメリカなのか。

テロには、どこの国でも民族でも、それぞれの立場、境遇での「大義」がある。第三者には、理解し難い。
アラブ諸国、チベット、アイルランド。宗派間、民族間、階層間の憎しみは想像を越えて根深い。貧富の格差が根底にあるのだろう。アメリカをはじめ各地に、若者に呼び掛けイスラムへの帰属をうながす説教師の組織があるらしい。
宗教、それも宗派がからむと、イラン、イラク、ロシア、スコットランドのように、憎悪の火が消えることなく紛争が続く。
地球上には約一万の宗教があり、信者二十五万人以上の宗教は250を超えているという。貧困と出生率と宗教はつながっているといわれる。

容疑者の26歳の兄は、ロシアのふるさとを訪れた時、同志と会い、「ジハード」(聖戦)を胸に秘めていたらしい。かれらにしてみれば、ロシアと米国の中東政策に影響を与える構想だ。

大義を振りかざしての「聖戦」となると、ぼくのような年配者は太平洋戦争の末期状況を思い出す。大義は、東洋平和から、追い詰められて本土決戦へとなり、「国体護持」に変貌した。竹槍を振って一億玉砕も辞せず、万世一系の皇統を絶やさぬことが、日本民族の崇高な使命とされた。

大義も正義も信条も、時代と権力によってくるくる変容する。教育とプロパンダ次第である。
宗教、宗派をめぐる大義を掲げての抗争は、世界のみんなが富を分かち合い豊かになるまで続くだろう?いやいや、そんなあまいものではないかもしれぬ。
イスラエルとパレスチナ、トルコ、イラクなどアラブ諸国、チベット、スリランカ、紛争に通底する民族と宗教の衝突は、たんなる恨みの報復ではない。
従来割を食って貧困にあえいでいた民族、部族が、社会の一員として、公平な富の分配にあずかることができて豊かになれば、敬虔というよりは狂信的な宗教の勢力は弱まってゆくと信じたい。

「宗教は、ゆっくりと後退する」。と、2050年の世界を予測して、エコノミスト誌前編集長のアンソニー・ゴットリーブはいう。
経済発展により、人々は宗教を相対化する傾向にある。2050年には原理主義的勢力は退潮し、最終的に地球を受け継ぐのは無宗教の勢力だ、とゴットリーブは述べている。
たしかに、貧困が克服され、経済が発展しないと、原理主義どうしの狂信的な対立は続くのだろう。
原理主義ではなく、多様性を許す寛容。むつかしいことなのだ。海外の紛争のニュースを見るたびに思う。日本ではどうか。ぼくら戦争経験者からみれば、政治家の言動にはひやひやさせられる。

投稿者 nansai : 10:11