縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2013年6月24日

六月二十四日
いいぞ、マートン! 起死回生のホームランや。(なに?ことしから飛ぶようになったボールのせいだと? うそやろ。)

bouru1.JPG

日本は、全く平和の国だなあ、と思う。笑えてくる。
ようやく沈静化したが、こんな多難な時期でも、突然飛ぶようになった野球のボールで、マスコミは大騒ぎだ。
ことしプロ野球でホームランが増えたのは、統一球になって飛ばなくなっていたボールが、なぜか、急に飛ぶようになったからだ。ボールを変えるのなら、密室でこそこそ決めるとは、けしからん。コミッショナーは責任をとれ。
大新聞の社説までが、とりあげた。
「この隠し球はアウトだ」

ウオールストリートジャーナルまでも、つぎのように、皮肉混じりに取り上げている。取り上げ方がおもしろい。
「東京市場が10%急落した夜、NHKは10分も費やして、このベースボールスキャンダルを報じた。」

横浜DeNAのトニーブランコ(32歳)は、四月に14本も本塁打した。日本のプロ野球では、これは、前代未聞の記録だ。おかしい、といぶかる声も聞こえた。
この時点でホームランは、昨年に比べて60%増えていたのだ。

bouru2.JPG

「ことしは、ボールがよく飛ぶ。打球の音と球のあがり具合いが違う。打球の速さも。」
と、四月には楽天のシマ捕手は、朝日新聞に取材されて答えている。
ネットでも「統一球」は廃止されたのか、の声があがっていた。

選手会の質問にも、なぜか、プロ野球機構は、なにも変わっていないと回答。
ひとのいいNHKの無難な報道は、ホームランがよく出ているのは「2011年に導入されたボールに強打者たちがなれてきたせいだ。」

そもそも「統一球」とは?
ぼくは知らなかったが、三年前、日本のプロ野球で、なぜ統一球の採用が決められたのか。ぼくなりに問題を整理すると、こうだ。
ボールの規格は、長い間バラバラで球団の暗黙の裁量にまかされていた。ならば、製造を一社にまとめ、統一しようということになったらしい。
もう一つ。オリンピックやWBCなど國際試合でも、選手がとまどわないような世界統一規格にしよう。ガラパゴス状態から抜け出そうとするのは、それ自体結構なことだ。

で、当時、決められた統一球は、WBCでも通用するように、つまり飛びすぎないように、ボールのコア部分に、あらたに低反発ゴム材を使用したという。統一球は、大リーグの公式球よりも、若干小さく軽い。球の縫い目の盛り上がりも低かった。

ところが、使用すると、予想外の事態が続いた。
ボールが、打っても、飛びがわるいのだ。

bouru3.JPG

たちまちホームランが激減して、僅差を争う投手戦が増えた。まったく気付かなかったが、統計でみると、2011年には本塁打数が前年の1605本から930本に激減した。どういうことか、統一球は、大リーグ使用球より飛ばなかったらしい。

ロースコアの試合は、よほどの野球通でなければ、退屈である。球場に向かう観客も減るだろう。

最初は、飛ばないのは、選手の打撃技術なのか、力不足なのか、変更の関係者には、原因がわからなかったのだろう。首をひねりながら、二シーズンが過ぎた。

認めたくはないが、どうも日本人選手の筋力では、このミズノ製の統一球では、遠くに、早く、飛ばせないことが判明してきた。ぼくの推測だが。

本塁打が出ないと、貧打戦では、観客は興奮しない。動員数が減ってしまう。愕然とした球団経営者側としては、これはいかん、商売にさしつかえると、日本選手が世界で戦う前に、目先の観客動員だ、となったのだろう。たぶん。
なんとかせねばという意見が、おそらくどこかの球団の一部から出されたにちがいない。察しがつく。

そもそも統一規格は、世界に伍して戦える日本野球のためにと、さだめられた。
それが、ホームランがでない、試合が盛り上がらないから、興行成績にひびくから、といって、いまさら統一球を廃止するとはいえない。ひっこみがつかない。世界で戦える日本野球という旗をおろすことになるからだ。
すぐさま統一球を廃止し、以前の飛ぶボールに戻すか、どうか。難しい決断だ。
プロ野球機構の立場からして、いったん制定した統一球を廃止することはむつかしかったのか。事務局がうろたえて独断で再変更できるはずはない。

しかし、背に腹は代えられない。
だから、一部関係者だけが密室で鳩首協議し、なんとかだれにも気づかれぬようボールの反発力を変えて、飛ぶように、メーカーに再設計変更の依頼をしたのだろう。それも極秘裏に。
うやむやのまま既成事実をまず作ろう、いかにもコソクというか、日本的な 御役所風のことのすすめかたではないか。
まずいことに、変更の有無については、製造元にぜったいに外部にもらさぬよう口止めした。

ところが、だれにもわかるまいと思ったのが、野球が職業のプロたちには、死活の問題だ。選手に気づかれて、ばれた。大騒ぎになった。マスコミも食いついてくる。
なぜ、変更を隠そうとしたのか、ふしぎだ。事務局とコミッショナーがつるしあげられた。ぼくには、犯人さがしと責任ととりかたはどうでもいいことだが。

ことし、ぼくら普通のノーテンキな阪神ファンは、大満足だった。優勝候補巨人に肉薄している。知らぬがホトケである。「統一球」も知らないし、ホームランが増えたことも気がつかなかった。
ことしはマートンもよう打つなあ。昨シーズンは、飛ばないボール対策でスイングをこわしてしまい、不振のどん底だった。立ち直って打撃開眼や。さすがだ、すなおに喜んでいた。

そもそも、ボールが飛ぶ飛ばないは、大リーグでも、日本でもかなり昔からの問題だったという。90年代大リーグでもガンガン、ホームランが出たのは、選手が禁止薬物ステロイドに頼ったということもあった。打撃成績は、選手の高額報酬の増減に直結するからだ。

いまさらいうてせんないことなのだが、もともと日本人は、体力にめぐまれているとはいえない。
体格、筋力のハンデキャップがある。
大リーグのハンクアーロンと王貞治を比べて、野球環境の違う本塁打の世界一を競うのには無理がある。

プロスポーツの流れとしては、サッカーのように、国籍にこだわらず、グローバルに人材を求めるようになるだろう。プロ野球も日本の場合は、限られた外人枠の範囲で、人材を求めざるを得ない。

さらに、出場選手の国籍にこだわるオリンピックやフィファ大会となると、まさにひいきのひきたおしの
愛国ゲームだ。スポーツのはずが、応援も国境紛争のように熱がはいる。

一方で、スポーツは、選手、観客を納得させ満足させるハンデのつけ方が重要だ。体力差にハンデを与えることが考慮にいれられればだが。
スポーツの世界は、ゴルフをはじめ、楽しく競うために、性別、年齢のほか、重量別などハンデをつけて、公平な競技条件を設定し無理な勝負を避ける知恵を出してきた。

かつては、甲子園球場にはラッキーゾーンが設けられていた。
高校野球は、育ち盛りの球児の体調を考慮して、ボールもバットも特別の仕様だ。

いうまでもなく、野球に限らず、プロスポーツは、興行というビジネスである。マーケテイングのノーハウを生かしてなんとか観客をひきつけ永続させねばならない。大きな権限を持つアメリカのプロ野球コミッショナーは、それが仕事だということだ。
さて、飛ぶボール、飛ばないボール。高校野球であれ、プロ野球であれ、どっちがいいか。
世界で共通するきまりか、ローカルな観客というコミュニティで受け入れらるきまりか。あくまでも日本の国籍にこだわる愛国型の競技か。
ものさしは、一つではない。
だからといって、なんとなく密室でこそこそ決めるのは、どうかと思うのだが。

投稿者 nansai : 2013年6月24日 13:59