縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2014年1月 6日

一月一日 お正月に国旗のことを考えた。
もったいないと思う。

戦前のお正月には、家ごとに玄関に国旗をたてた。
へんぽんと翻る国旗掲揚というような勇ましいものではない。どの家の玄関先にも、国旗は金色の丸い球を頭に付けた旗竿に結び付けられて、うつむきかげんにしなだれて立っていた。
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それでいて、家家に日の丸が並ぶと、正月らしい華やいだ気分になれたと記憶している。
「ああうつくしや、にほんのはたは」と、幼いころ歌った記憶がある。日の丸は美しい旗だ。

平成の今は、大阪市郊外の当家の周辺で国旗を立てていた家は、わずかに二軒。実は、わが家も立てていない。旗竿を差し込む穴を門にあけていなかった。

自国の国旗にこのように冷たく当たる国はない。少なくとも先進国では。
傍目には、いじけていると取られても仕方がない。
ぼくは、日の丸は、かっこいいと思うし、どう考えても、これからの日本の文化遺産だと思う。富士山と同じように。

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イデオロギーやノスタルジーで日章旗を歯がゆがったり、なつかしがるのではない。
右も左もなく、あたらしい意味合いで、見方を変えてみよう。日章旗は、万物の成長の源、太陽の陽気なエネルギーを象徴していて、明日の日本の活力になると信じる。
発想を切り替えれば、日の丸は、明るく陽気だ。
オリンピックを迎える日本の「おもてなし」のシンボルにしなければ、と考える。

欧米の先進国では、どの国も、国旗はにぎやかな観光資源として、それこそいたるところに飾られている。都市も街角も店先も、旗だらけだ。
国旗のデザインが、もったいぶらずデコレーションとして、別に旗日にこだわらず、毎日、街角で、店頭で、絵ハガキで、土産ものに。

国際スポーツの応援では、日の丸がふりまわされるが、世界のよその国旗にくらべて、日の丸の旗は気の毒な目にあっている。
国旗デザインのオリンピックに出品すれば、美しさとシンプルさで、ダントツの文句なしの世界一だ。
古代中世?から、白地赤丸の旗は、いつごろ誰がデザインしたか不明だが、長い古い歴史がある。
戊辰戦争では、錦の御旗を掲げる官軍に対し、朝敵側の彰義隊、白虎隊など幕府軍は日章旗を旗印に戦ったという。最大の不幸は、先の戦争に巻き込まれ、戦意高揚のシンボルとされたことだ。
敗戦後1945年GHQマッカーサーの指令で、日章旗の掲揚は、原則禁止された。1949年に解除されたが、軍国主義につながる、なにもかもが、否定された大混乱で、ぼくは覚えていない。

先の戦争が終わって70年、日の丸の旗を、イデオロギーの呪縛から解放し、世界から人を招きもてなす、よその国の旗のように、この国のすみずみで明るく元気に働いてもらおうではないか。世界に自慢できる旗のデザインだ。せっかくの文化遺産、活用せねばもったいない。

投稿者 nansai : 2014年1月 6日 14:17