縦書きブログ「八軒家南斉」

WEB1グランプリ 準グランプリ受賞

2014年12月10日

十二月八日

きょうは十二月八日。この日は日本にとって何の日か。
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奇妙なことに、朝日、毎日、日経など大新聞の一面は、紙面のどこにも取り上げていない。社説も、連載コラムも。
テレビも沈黙したまま、選挙報道をくりかえしていた。なにかメディアのあいだで申し合わせでもあるのだろう。

あらためていうまでもない。
73年前の、その日払暁、日本海軍はハワイ真珠湾に停泊するアメリカ太平洋艦隊を奇襲攻撃した。日本時間12月8日(ハワイ時間12月7日)のことだ。同時に、アジア南方各地で戦闘状態にはいった。いわゆる「大東亜戦争」の火ぶたが切って下された。

そして、あの大勝利をおさめた戦闘の結果は?宣戦の大義とは?(事前通告はなぜか間に合わなかった)そのあとは?あれからこの国に何が起きたか。泥沼だった中国本土での勝算のないまま、米英相手の総力戦に踏み切ったのか。

敗戦までのたった4年間で、三百万人以上の死者を出し、空襲により国土が焦土と化し、大日本帝国は、海外資産のすべてを失った。

なのに、日本のマスコミは、日英米開戦の日、これほどの歴史的大事件の起こった日をふりかえろうとしていない。
日本のマスコミに頼らなくても、日米双方のネットをみれば、戦後69年たって双方の極秘資料公文書もぼつぼつ公開され、若手学者たちの研究もすすみ、昭和天皇実録をはじめ、おびただしい論文著作が出版されたとわかる。しかし、かんじんの戦争を起こしたいきさつや責任は、諸説ふんぷん、歴史の機微にふれるとみえて闇のなかだ。

十二月七日。攻撃されたアメリカでは、毎年この日は真珠湾追悼記念日とされ、夕暮れまで半旗を掲げ、2403人の犠牲者を追悼するならわしである。当日、米側の8隻の戦艦が損傷し4隻が沈没という大損害を受けた。
2日間炎上し1177名の乗組員とともに沈んだ戦艦アリゾナは、今も沈没状態で保存され残骸が国定慰霊碑に指定され、艦上には「アリゾナメモリアル」がある。現在も艦体から一日1クオートの油が漏れ続けているという。
7日、ホノルルで行われた73回式典には、100人の第二次大戦の生き残り在郷軍人たちも、杖をつき車椅子に乗って参列した。

69年前日本機の攻撃の始まった7時55分には、F22ジェット戦闘機が轟音とともに低空を儀礼飛行した。
午後には、4人の戦艦アリゾナ生存者(90歳を超えている)が、記念館に集まり、斃れた無念の戦友に乾杯。グラスを潜水夫がもぐって海底のアリゾナの砲塔に置いた。以上はAPの報道から。

ハワイ大空襲の奇跡的大勝利に日本中の一億国民が湧きたち酔いしれていた新聞紙面を思い出す。「神国日本」に生まれたぼくは、小学校4年生だった。学校の講堂に集められ、校長先生から戦争が始まったことだけ聞かされた。
昭和16年当時は、テレビもなかったし、ラジオも普及していなかったから、大本営発表は聞いていない。なぜか一人足りない九人の軍神の記事を切り抜きスクラップした。

同時代に生きぼくらは、正確な情報を知る由もなかった。しかし、輝かしい戦果に、日本を代表する知識人、作家たちが躍り上がって歓喜した。

神州不滅を理由もなく信じていたぼくらは、三年後敗戦して焼跡で現実の悲惨を思い知った。なにしろ二七〇万人の兵士が戦没したのだ。歴史認識が、いかに幼かったか、偏り、かつ誤っていたか。

敗戦した日本は、軍関係者が資料を隠滅しようとしたといわれる。戦地でなにが起きたのか、資料をほとんど焼却し、最近まで高齢の元兵士たちは口を閉ざして戦争の実相を語ろうとしなかった。
「NHK 戦争証言アーカイブス」は、戦争を体験した兵士や市民の声を取材した貴重な証言動画サイトである。戦争を知らない人たちにぜひみてほしい。もちろん安部首相はじめ指導者たちにも。

12月8日だけを考えてみても、いまの日本塵は、戦争を風化させようとしている。戦争の惨状をいい伝えようとしていない。思い起こそうとしていない。
歴史の事実を、戦った双方の思いを、学ぶ必要がある。双方が加害者であり被害者なのだ。
争うお互いが振りかざす「大義」とか「正義」ほどあてにならぬものはない。そのために若い命が失われた。

東洋平和のためという国是が、戦争末期には、「国体護持」。つまり、皇室の血筋を絶やさないためには、「一億玉砕」も辞せず本土決戦とかわった。原爆で大きな被害がでたあとも、軍人を中心の指導者は、本土決戦を強力に主張したといわれている。(最近では、少子高齢化がすすむと、50年後の日本には、せめて一億の人口が生存してほしいというのが、政府見解だ。)
一億人の人命と幸福を投げうってまで守ろうとしたもの。
誰が決めたのか。当時の民意か。先の見えない為政者の国是や閣議決定の危うさを思う。地方振興の仮面をかぶった自民党の原子力政策も、しかりだ。

昭和の大スターだった菅原文太氏は、生前、講演で若者たちに、戦争だけはやるな!と呼びかけていたという。高倉健氏と同じく、少年のころ、先の戦争に、首の差でひっかっていた世代だ。

アメリカのネットを開いてみると、第二次大戦の情報が克明にアーカイブされている。真珠湾攻撃の詳細はもちろん。時の大統領ルーズベルトは、だまし討ち奇襲に激怒し、その日を「デー オブ インファミイ(恥辱の日)」と名付け、大日本帝国への復讐を誓った。
いま海底に眠る戦艦アリゾナの艦上に設けられた記念館には、毎年大勢の観光客が訪れる。
もちろんおそらく「歴史認識」の浅い日本人観光客も。
いまや押しかける日本人観光客はハワイ州の大きな収入源なのだ。
真珠湾関連サイトのなかには、数年後のパールハーバー記念日に学生のバンドコンクールが予定されていて、早くも日米の学生に参加を呼びかけている旅行代理店のサイトもある。時代の波を感じる。
真珠湾攻撃から、70年近くになる。
アメリカという国は、りメンバーパールハーバー。真珠湾を。決して忘れない、しかし、赦し、お互いに、ハッピーにやろうというところがあるようだ。

これから世界で生きる日本人は、70年前ホノルルでなにが起きたのか知っておきたい。入学試験にでなくても、自国の歴史を正しく身につけてほしい。ぼくとか高倉健、菅原文太たちが受けたような戦前の神話の歴史ではなく。

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戦争や原子力発電などの国策は、わが国を取り巻く世界を知り、すくなくとも五十年、百年の市場原理を踏まえて策定すべきだと、つくづく思う。国民投票にはなじまない。この原理に逆らえば、とてつもなく高い代償か、死が待っている。
国家百年の計。市場メカニズムのそろばんに合うか合わないか。国のゆく末を、百年単位で予測する政策を、だれが、どんなしくみで、担うのか。
国威発揚とか、選挙対策とか、経済界の目先の採算でなく、国益を損じない国策をだれにゆだねればよいのか。
太平洋戦争を、大東亜戦争といいかえても、すくなくとも軍人出身の指導者の手に負える仕事ではないのは、歴史が証明した。
たとえ、政権をくつがえすクーデターという権力奪取力を持つても、軍人には、半世紀後の市場メカニズムは読みとれないからだ。

日本は、先の戦争でなにを学んだのだろう。
昭和のはじめ、ソ連を警戒し中国大陸に日本の農民を送り込もうとし、日本の政策に反発する英米ほか諸外国から中国の支援が寄せられた。これにいらだち、石油資源を蘭印に求めようとする仏印への南進政策が裏目に出て、石油の禁輸を突き付けられた。
当然石油の備蓄がなければ、海軍は戦えない。
やむにやまれずといって、三百万の人命と在外資産の喪失、国土の焦土化(敗戦による損失の総計をまだ知らないが)のリスクを天秤にかけ、どんなバランスシートを当時のエリート為政者は想定したのだろう。
精神力。伝えられるように、これがすべてを解決すると、当時の指導者は、まじめにかんがえていたのだろうか。

投稿者 nansai : 18:03| コメント (0)